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詩(うた)と小説で描く「愛の世界」 管理人から
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熟年世代向けに特化した官能小説サイトです。

詩(うた)と小説で描く「愛の世界」

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ご無沙汰しております。

IMG_0269.jpg
伊東市に引っ越して早9カ月が経過致しました。
家の片付けも一段落して、庭に花などを植えて楽しんで居ります。
我が家の庭は大室山の噴火によると思われる岩石が露出した地形で
日当たりも余り良く有りませんが、何とか花を咲かせております。

小説の創作活動も滞った儘で皆様には申し訳ございませんが、
エンジンが掛かるまでには、もうしばらくご猶予を下さいませ。



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読者の皆様へ

伊東港の夜明け(伊東港の夜明け)
謹んで新年のお慶びを申し上げます
旧年中は格別の御厚情を賜り、厚く御礼を申し上げます。

本年は静岡県伊東市に居を移しまして、新たな気持ちで
創作活動に励む所存でございます。
末永いご贔屓を宜しくお願い申し上げます。
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万屋太郎は宮崎県高原市出身の歌手、紘呂しのぶさんを応援しています!!

紘呂ひのぶ02

私の創作歌謡の恩人、故阿波先生の愛弟子と言われる「紘呂しのぶ」さんに
最近ネット上でお会いする事が出来ました。
彼女は今神戸市に事務所を構えて、大手プロダクションに所属せず
マネジャーさんとご本人のお二人だけで頑張って居られます。
彼女の歌はYoutubeで聴くことができます。

♪神戸の街に雨が降る (阪神淡路大震災復興の一助に成った曲です)
♪故郷みれん(宮崎県霧島地方の民謡、刈干切唄が挿入された素敵な曲です)
二曲とも阿波昭夫先生の作詞・作曲の歌です。
是非聴いて見て下さい。
阿波先生らしい優しさに溢れた旋律です。

そして
♪ふたりの吉都線(宮崎県を走るJR九州のローカル線です)
この曲は阿波先生の手に成る作品ではありませんが
紘呂しのぶさんの出身地・宮崎県高原市に因んだ歌で
私のお気に入りの曲です。

他に2曲が聞けます。
♪愛のビギン
♪遅咲きの花

読者の皆様!有線放送リクエストで是非彼女を応援してやってくださいませ。



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このブログの目次です。(2)

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異性を誘う匂い(4P)
京都は、美しく清潔な町です。景色は勿論ですが、“匂い”というものがあまりしません。
住んでいる人々は大げさに喜怒哀楽をさらけ出すような事はしないし、食べ物屋だってわりと
小ざっぱりした店ばかりです。その点お隣の大阪は逆ですよね。“匂い”の町です。
人々の表情も食べ物も景色も、京都から行くと匂いがムンムン漂ってくるのを感じます。

義姉との3Pを視姦する兄(4P)
50年以上も昔、微臭い思い出話から始める事をお許しください。
正確に幾つやったかそういう記憶は定かではありません。
私がたしか七っか八っ、まだ十にはなっていなかったやろう思います。
そやから十歳年上の兄貴が高校三年生の頃という勘定になりますな。

良寛と貞心尼(5P)
良寛年譜に寄ると、良寛が始めて貞心尼と出会ったのは、良寛70歳、貞心尼29歳の
時と期されています。それより死に至るまでの数年間が、良寛が男として一番華やいだ時
では無かったかと思います。歴史の教科書には載っていない良寛と貞心尼のセックスを
私なりの視点から描いてみます。

嫁と孫娘を抱く老人(5P)
嫁の恵美子が白い喉を見せながら、
「むっ、ふん・・・」と吐息とも喘ぎ声ともつかないものを洩らした。
私の官能が甘く擽られて、肉棒が疼いて痺れた。彼女のうなじに這わせていた唇を、
滑る様に下ろして乳房に向かわせた。
その乳首を口に含んだ。薄い小ぶりな乳房に載る可憐な乳首。

旧友の妻(未亡人)を愛して(5P)
六十七歳にも成りますと、同級生とか会社の同期とかいう人達の家族から、
「喪中につき年頭の・・・・」と言うような年賀ハガキを辞退する手紙が多く来る様に
成りました。三年前の年末の話ですが私が専門学校を卒業して、最初に就職した
会社の同期の田中君の奥様から、「六月に夫、田中秀夫が永眠いたしました・・・・」
というハガキが届きました。

温泉旅行で男の良さを知った(5P)
私柏原順子(37歳)と夫の隆史(39歳・電気メーカー技術者)は
結婚して今年で10年、ずっと共働きの生活を続けています。
望んではいるのですが、いまだに子供には恵まれていません。
おまけに数年前から夫がマレーシァに単身赴任しているものですから、
いよいよもってその可能性は少なくなっています。

処女を奪った女と35年振りの再会(4P)
私は今年53歳になる岩手県出身の男です。現在は土木作業員をしております。
季節労働者で、農繁期は農業へ、農閑期になると東京に出稼ぎに来ています。
公共事業の激減で出稼ぎ労働者には厳しい状況ですが、幸い私は大卒で
電気主任技術者の資格があり、重機の免許や玉賭け、クレーン免許など
建設現場に必要な資格・免許を殆ど持っているので・・・・、

吹雪と共にやって来た女(5P)
当時私は東北の小さなローカル線の駅員をしていたが、寒さに吐く息までが凍えそうな、
ある晩のことだった。最終電車が通り過ぎ、数人の下車した客も吹雪にせかされるように、
改札口を出て家路に向かったと言うのに、ホームのベンチにはポツンと
独りの女が坐っていたのだ。しかも首をうな垂れ、身じろぎひとつしない。

初恋の男を思い続けて生きた女Ⅱ(5P)
夢の中で、私はまだ14、5の少女でした。夢には、何時もモワモワッとしたドライアイスの
煙のようなフレイムが掛かっていました。真っ白い空間をバックに私は一人佇んでいました。
まるで突然、野原に置き去りにされた子犬のような心細い気持ちでした。

若い性を共有する享楽夫婦(6P)
人生八十年、最近では老人の性がマスコミによって取り沙汰されています。老人にも、
性を楽しむ権利はある・・・。一般論としては皆さんそうおっしゃっているようです。
私たち夫婦にも、二人の娘がいます。二人とも成人して既に独立し、家には居りません。
もし娘たちが私達夫婦の行状を知ったなら、恐らく眉をひそめるに違いありません。

お師匠はんに仕えて三〇年(5P)
谷崎の卍(まんじ)を真似したわけやおへんが、此処の管理人さんが許可して
呉れはりましたんで、この告白は全編にわたり、京言葉で綴らせてもらいます。
なにしろ古い人間ですよって、箱根のお山を超えたことがありません。
京都で生まれて六十年、ずっと洛中で暮らしてきた井の中の蛙。

教え子の母親と(5P)
今から22年前、私が有る地方都市の小学校教諭をしていた時です。
生徒を全国大会に引率した事があり、保護者の母親が何人か付き添ってきて、
その母親の一人と親しくなりました。
夜、母ちゃん達に呼ばれ一緒に飲みに行きました。

忘れ得ぬ祖母(4P)
人には、誰しも深く心の奥に仕舞って、自分だけの秘密にして置きたい思い出が
一つや二つはあると思うが、隠そうとする反面、それを誰かに打ち明けて仕舞いたい、
という激しい衝動に駆られる時が有るものだ。
これから話そうとする出来事もそんな秘密の一つである。

父の後妻に入った継母節子(4P)
私が未だ中学に入ったばかりの時に、父が再婚した。父が連れてきた継母を初めて
見たとき正直言って、綺麗で若いし本当に父の再婚相手なのだろうかと、疑ったほどだ。
「友くん?これからもよろしくね」と笑顔を見せられると、
私はもう雲の上に昇ってしまっていた。

かわいい娘婿殿(4P)
私は51歳。一回り年上の主人との性生活はここ5年ほどありません。
女として私をみてくれない主人。でも、私は女。主婦でも女、母親でも女、
閉経していても女、死ぬまで女です。性欲もあればオナニーもします。
そんな私があろうことか、娘のお婿さんと関係を持ってしまいました。


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このブログの目次です。(3)

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俺の婆ちゃん(3P)
俺の祖母は母の実家で農業をしていました。
俺が祖母と関係出来たのは、祖母が57歳の時でした。
名前は雪乃と言い、近所の人からは“お雪さん”と呼ばれていました。
祖父は5年前に他界していて、当時は従兄弟に当たる、
元ちゃん夫婦と一緒に暮らしていました。

家人の留守に娘の担任を寝室へ(3P)
平成○○年、一人娘も小学校五年生になりました。PTAの役員や夫人会の役員を
押し付けられる年になってしまったのです。私三十四歳。女盛りといっても若いつもりでした。
その年の新学期に娘のクラス担任の新しい松田先生(仮名)が着任してきました。

お医者さんゴッコ(2P)
お医者さんゴッコ・・・なんて甘美で切ない響きを持つ言葉でしょうか。
経験のある方ならおわかりでしょうが、それは幼い日の記憶の中で最も後ろめたく、
そのくせどこか甘酸っぱくて、心の奥底にしまい込んだ最大の秘密の一つかも知れません。
かくいう私も、幼い頃、お医者さんゴッコの洗礼を受けた事の有る一人です。

私のお腹の上で死んだ義父(5P)
私は四十六歳になる未亡人です。
三年前に二十年近く連れ添った夫に先立たれ、後に残されたのは
夫の父親の、六十七歳になる義父と二人だけの生活でした。

夫婦交換でリフレッシュ(5P)
結婚して40年、色気の乏しい63歳の妻の陰部など見たくも無いのが世の常だろう。
私自身、妻との性生活は月に一回程あったものの、妻の陰部を見たり舐めたりの性交はなく、
お互いの性器を暗がりでまさぐり合い妻の陰部が汁で濡れ、マラが勃起すれば交接し、
射精に至るまで勃起が持続すれば満足していた。

熟女の湿った陰部(5P)
連れ合いを亡くしたご同輩なら、男ヤモメの暮らしと言うものをご理解頂けるでしょう。
家内が生きていた頃は随分と諍いもしましたが、いざ失ってみるとそれはもう寂しいもので、
元来は快活な私も、六年前に家内を失ってからは随分と陰気な性格に
成ってしまったような気がいたします。

夾竹桃が繁茂して(2P)
私には3歳年上の姉が居りまして40を過ぎた今でも独身、高崎市内の総合病院で、
小児科の医者をやっております。其の姉から先日電話がありまして、
「隆志、家の庭の夾竹桃が大きくなって隣の家から苦情が来たのよ、
 なんとかして欲しいんだけど、今度の日曜日にでも来られないかなぁ」
何とも手前勝手な言い草ですが、毎度の事で腹も立ちません。

夏の終わりに(2P)
昨年の夏、長い間元気に動いてきた女房が体調を崩し、
掛かり付け医の紹介状をもって市大病院に行き、検査の結果高血圧と
糖尿病と診断され、二週間の入院を勧められました。結婚以来、
出産の時以外、病で寝込む事はありませんでしたから慌てました。

義父が嫁の浮気をネタに脅迫性交(4P)
吉川クンの長い舌が、私のヴァギナを這い回りました。ピチャピチャと淫靡な音を立てながら、
ふたひらの花弁が震わされ、ヴァギナの襞が舐めまわされていくのでした。
「い、いい・・・ステキ・・・ステキよ。いいわ。とっても感じる」私は恥ずかしさを覚えながらも、
股間を襲う快感に身をよじり、つい官能の呻き声を洩らしてしまうのでした。

楽しい菜園作業(3P)
私の住む隣町に、今は借家人も無く十年近くほったらかし成っている古い家があった。
そこの家主から「雑草の手入れをしてくれないか」と頼まれた。
「期日を決めないで気の向いた時で良ければやってあげましょう」と私は気安く請け負った。
家主は私の住む地区の可也の土地を所有する昔からの地主でもある。

道玄坂界隈(3P)
2013年3月16日に東急東横線が地下に潜って
東京メトロ副都心線との相互乗り入れが実現し、
横浜と渋谷・新宿・池袋が一本の鉄路で結ばれると言う。
東横線の渋谷駅が終着駅で無くなり、通過駅に成るのである。

人妻智子さんとの゜不倫(7P)
薄暗闇の中で熱い息が喘いでいる。震えながらCカップの大きく揺れる胸に
手を差し込むと、ずっしりとボリューム感のある乳房が柔らかい。
五本の指で掴み上げるように揉むと、
松永夫人智子さんは「はあああ」とかすれた声で快感の反応を見せた。

不倫妻智子を調教する(3P)
人妻智子49歳は私(70歳)が清掃作業員として派遣されたビルに、同じく別の派遣会社から
派遣されていた女性です。受け持ちフロアは別々なのですが、
昼休みや休憩時間に顔を合わせたりすると、互いに挨拶や簡単な日常会話を交わしているうちに
親しくなり、やがて不倫の関係になってしまいました。

道玄坂界隈から新宿界隈へ(3P)
四月第二週の土曜日、小山から横浜の自宅に帰る時、
恵美子に電話を入れて、新宿で逢う約束を取り付けたので、
小山で電車に乗る前に常にカバンの中に入れて有る、
バイアグラを飲んでおいた。


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このブログの目次です。(4)

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隣の未亡人との十年間(3P)
この年になるまで肉体関係にまで進んだ女性はそれほど多くはありません。
私はサラリーマンで、しかも妻子持ちゆえ小遣いも時間も無いので、いたしかた無いことです。
それでも十年前には失楽園めいたもので大忙しという時期もありました。
隣の未亡人の奥さんと言う事もあり、きっかけはあっ気ないほどでした。

秋保温泉での一夜(4P)
私は若い頃から全国各地を飛び回って仕事をしていた。
東北新幹線も開通していない昭和四十九年の秋の事である。青森から特急で東京へ帰る途中、
集中豪雨の為に列車が仙台駅でぴたっと止まってしまった。どこやらの河川が氾濫して
復旧の見込みはつかないと言う。時刻は夕刻、このまま車中で夜を明かすのは耐えられない。

心から愛した女はただ一人(7P)
横浜で最初に出来たホストクラブが『ナイト倶楽部平安』(仮名)であるならば、
最初のナンバーワンホストになった男が私・・・と言うわけで、
何時頃からか[カゲが似合う男]と呼ばれていた。
要するに暗がりでしか生きて行けない男と言う事なのだろうか。

老人の貪欲な舌(4P)
男も七十を過ぎて年金暮らしになれば、人生はもう終わったようなものですが・・・。
私の様な職人は七十までは何とか経験を生かした現場仕事にもありつけたのですが、
今では、見積もり依頼や、仕様書作りと、図面作成等、パソコン相手の仕事しかありません。

時代小説・旅道連越路春(20P)
玉の盃底ある読者の巌命もだし難く、ようよう旅の用意を整えた気まぐれ男二人、
このたびは江州長浜を起点に越前を横断して、温泉加賀より能登越中越後と、
北陸街道を新潟までの道中記。

雪乃と真利子と言う女(11P)
晩秋の冷たい風が頬を撫でて通る。まるで黄色い絨毯敷いたように銀杏の扇型の
落葉が散乱している校庭で、創立五十周年を迎えた我が母校、
新潟県立〇〇高等学校の合同同窓会が行われていた。

幾多未亡人と女子大生麗奈(7P)
梅雨に入ったせいか、このところ雨がよく続く。薄墨を流したような空から又雨が降り出した。
幾多未亡人から富山精○高等学校音楽部演奏会を一緒に聴きに行きませんかと誘われた。
私は別段、音楽が好きと言う訳では無かった。丁度退屈しているところへ誘いを受けた。
それに本当はその幾多未亡人の方にチョツピリ不純な関心もないではなかった。

妻には有難う!と褒めてやりたい(5P)
私は北関東の地方都市に住まう元公営バスの運転手であった
71歳の男性です(10年前に定年退職)。
今は三人の子供達も皆独立し、自家消費の僅かな田畑を耕し、、
14歳年下の妻と二人暮らし(猫4匹、犬2匹が同居中)です。

野崎夫妻との夫婦交換(14P)
「あなたの奥様、大変お美しい方ですね。私の好みです。
 うちの家内も魅力有ると思いませんか。 好みが違うと言われますと、其れまでですが」
突然、見知らぬご主人から、このように声を掛けられて、一瞬呆気に取られた。
何を意図として、私に声を掛けられたのだろうかと、思わず戸惑ってしまった。

認知症の義父に尽くす妻(7P)
私は、この年にになっても、妻をとても可愛がっている。
自信を持ってそう言いきれる。妻が可愛くて可愛くて、たまらないのだ。
晩婚だったせいかも知れないし、妻が私より15歳も年下だからかもしれない。
いずれにせよ、私は妻を愛している事には変わりはない。

旅先で出会った女(11P)
旅行先で偶然知り合いになったカップルと奇妙な関係になり、それが縁で先方の
招待を受け複数プレイを楽しんでいるので、今日はその経過を書き留めて見ようと思う。
一昨年の秋、私達夫婦は九州へ三泊四日のパック旅行を計画し、
旅行会社へ申し込んだのだが

渓流と吊り橋(4P)
今から10年前の夏、小さなマーケットを経営する私は、商店街の仲間達と温泉旅行へ出掛けた。
恒例の懇親会で、一泊二日の旅だった。
景気の良かった頃は、旅先で芸者を呼んで遊興したものだが、
不景気の折柄そんな派手さは無かった。その代わり酒だけはたっぷり出て飲み放題だった。

加筆再構成・老人と孫娘(10P)
私は65歳、一応会社社長とは成って居りますが、
会社の経営は専務の息子に全て任せて居ります。
私には三人の子供が居りまして、今年40歳の長女、38歳の長男、
35歳の次男です。長男と次男に会社を任せて楽隠居の身分です。

珠江夫人五十歳(10P)
八月も終わりの週であった。私は大学時代、(有機農法)のゼミでお世話に成った。
加藤元大学教授の軽井沢に有る屋敷に呼ばれていた。
書斎の窓の外は油蝉が喧しく鳴きたてている。
濃い藍色の空には銀白色の積乱雲がもくもくと盛り上がっている。


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家賃2万円の家に住むまで。其の5

2015/05/06(We)19:47
◇日曜大工仕事でボロ屋を蘇らさせる。
3.jpg
今回のGWは4/30に資材を搬入する為に友人のライトバンを借りて
長いトタン板を搬入し、直ぐに折り返して横浜に戻り、自分の乗用車に
乗り換えて、着替えや小物類の資材を運びました、。

5/1~5/5迄、霧除け屋根の腐食したトタン板を全て剥がして、
新しい波板に張りえると共に外壁右側面の塗装を施しました。
リシン掻き落としの外壁は凹凸が多く綺麗に仕上げるのに多くの
時間を費やしました。
全部の壁面を塗り直すのには、多くの時間と塗料(今回だけで21kgの
塗料を使いました)が必要に成りそうです。

当初は大屋根部分まで足場を組む計画を立てたのですが、
費用が其れだけで20万円も掛りそうなので、7mの長い
ハシゴだけで作業をする事にしました。
高所恐怖症気味の私は、初めはの内は怖くて足が竦みましたが、
馴れて来ると恐怖心も薄れて、大屋根の上にも上って見ました。

そして雨漏りの原因を突き止め、取り敢えずの応急処置で、
剥がれたトタン板の部分に新しい波板を挽いて釘で打ち付け、
本格的に直すまでの間の雨漏り対策と致しました。

断崖に咲く花
そして今日(5/6)は朝から、隣接する空き地の草むしりを
しました。そして不思議な体験をしたのです。

それは岩場にこびり付いた雑草を刈り取り綺麗にした岩に
出て来た染み模様が何と、お釈迦様が多くの弟子達に、
説法をしている模様に見えたのです。
「山上の説法」云われる釈尊が説法する図は、絵画や
断崖仏などの写真では見た事が有りますが、
こんなに身近に観るとは、何と不思議な事では有りませんか。

そして想い出したのです、5/17は昭和51年に三歳で死んだ
次男の祥月命日だったのです。すっかり忘れて居りました。

お墓参りも数年置きに成ってしまい、相当に雑草が生い茂って
居る事だろうと思うと、早々に後片付けをして横浜に帰る事にしました。
横浜の日野公園墓地にある前田家の墓に立ち寄った所、想像以上に
雑草が生い茂り、何時草刈をしたのかも判らない酷い有様でした。

早速隣接する他家の部分を含めて雑草を刈り取り、
綺麗にしました。そして、
「次に来る時は、花と線香を持って来るからね」
と息子に語り掛けて帰って来ました。
祥月命日に間に合って本当に良かった!

画像12002 082
5月16.17日の両日で3/4程の大屋根板の交換を済ませました。
次の23.24日での作業で大屋根のトタン板の交換は終わります。
残りは一階和室部分の屋根のトタン板の交換のみとなりました。

6月からは愈々内部のリフォームに掛ります。
雨漏りで欠落した部分の壁の補修と、
滲みに成った壁の補修(クロスで遣るか検討中)。
雨漏りで腐敗した天井板の交換(これが結構大変そう)。

孫達の学校が夏休みに入る前に終わらせたいと思って居ります。
画像12002 081
5月21,22,23日伊東に行き大屋根のトタン板交換、
無事に終りました。

仕事の都合で変則的な日程に成りましたが、
大屋根のトタン板の交換と外装の塗り直し(表通りから見える範囲)
西側の側面と北側の裏面は秋以降に遣ります。
南側正面と東側側面は完了いたしました。

外装が「リシン掻き落とし」と言う凹凸の多い壁面の為、
塗料が倍以上(今回だけで35Kg)で塗装代が予算オーバー
に成り秋以降に行う事にしました。

高所恐怖症気味の私は仕事の時も高い所には年齢制限を
理由に若い人に任せるのですが、一人だけのリフォームですから、
屋根に昇らない訳にはいきません。7mの二段ハシゴに昇り、
屋根に乗り移る時が一番恐怖を感じましたが、何回か遣っている内に
恐怖心も薄れて辺りの景色を眺める余裕も出来てきました。

庭の岩の間に根付いたガクアジサイの花が咲き始めて居りました。
遠くには「伊東に行くならハトヤ」のネオンも見えます。
何処からか新築かリフォームか判りませんが、プロの大工さんらしい
釘を打つハンマーのリズミカルな音も聞こえてきます。
gaajis_1.jpg
私の方はリズミカルとは行かず、何度も釘を打たずに左親指を打ち
据えてしまい(イテーッ)と言う悲鳴交じりの乱調な音です。
私自身、打たれ強い人間ですが、親指も数十回打ち据えても
爪も割れず、アザにも成らず不死身の親指です(^_^;)

雨漏りの心配も無くなりましたので、昨日(23日)は天井板の腐食した
処を剥がし天井裏を覗いて見ました。
昔の家らしく太い柱が随所に使われており、構造体に異常は
見られませんでした。が天井板を吊り下げている細い角材の
何本かが腐食して居りましたので早速、隣の材木屋さんから、
タダで頂いた角材を使用して取り替えました。

今日(24日)横浜のホームセンターに内装材の下調べに行った折に、
昨日頂いた角材と同じような材木が1本2、500円で、
売って居りましたので10本頂いたので2万5千円程の
経費が節約出来た事に成ります。本当に有り難い事です。

そして昨日(23日)の事です。
「綺麗に成りますね」と見知らぬご婦人から声を掛けられました。
隣の新聞販売店が実家だと言う、其のご婦人は、
「時々実家に来て、工事の進捗状態を見させて頂いてます。
 以前住んで居たご隠居(故人)さんも、現状維持のリフォームを、
 キット喜んで居る事でしょう。見る度に綺麗に成って行きますね」
と嬉しい言葉を掛けて頂きました。

リフォームとか改築と言うと古風な和風の作りを大幅に変更して、
今風な洒落た造りに改造するのが常ですが、
私は昔の和風の造りの良さを其の儘残して、
後10何年かは使い続けられるるリフォームを目指しています。

愈々来月からは内装のリフォームに取り掛かります。
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家賃2万円の家に住むまで。其の6

2015/08/22(土)
残暑厳しき折、読者の皆様に置かれましては如何お過ごしですか。
私は6月~7月の二ヶ月仕事が忙しくてリフォームが中断してしまいました。
間取り 図
そんな中で僅かな時間を遣り繰りして、間取り図に示された、
茶色の部分(広縁に続く二階の廊下と玄関上がりかまちに続く廊下の部分)
に木目調のフロアカーペットを敷き直しました。

其の時に二階の階段踊り場の照明が薄暗かったので
60Wの白熱電球から40WのLEDランプに変えました。 

そして二階和室に続く広縁窓のレースカーテンを新品に交換しました。
床が綺麗に成りカーテンを替えた事で雰囲気が良くなりました。
テーブルや座椅子を置けば実生活が直ぐにでも送れそうです。

今までに運び込んだ雑貨は炊飯器、トースタ、扇風機、テレビ、
パソコン、等です。
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認知症の義父に尽くす妻。其の二

◇鯨の性器
義父に尽くす妻2-1
「なんでボケてるって分かるんだ!」
妻が私のチンポを弄りながら話をするので、いつの間にか私も、
妻の乳房を揉みながら、そんな世帯じみた話をするハメになってしまう。

「だって、これで三度目だけど『これはワシのじゃろ』なんて言って、
 私の下着を洗濯物の中から持って行くのよ」
「そんな、見える所に出しっ放しにしているのか?」

私の好みで、妻にはいわゆるデカパンは穿かせていない。どちらかと言うと、
出来るだけ小さな物を穿かせている。中には、穴あき、股割れ、バックレス等ゝの、
ハッキリ言えば穿いた侭セックス出来る下着も結構多い。

もっとストレートに言えば、私は妻に穿かせたまま挿入するのが好きなのである。
それと、何処ででも、いつでも直ぐに出来る下着を穿かせるのが好みなのである。
それこそ、どこかの市役所なみに、スグヤル課勤務のキンタマなのである。

第一妻に短いスカートをなど穿かせて、その下にスグヤレル下着や、股のクロッチの
無いクロッチレスの下着を穿かせて外出すると、スリリングで楽しいのである。
そんなときは、わざと歩道橋を歩いてみたり、チャンスがあれば妻のスカートの中に
手を入れて弄くったりするのである。冬場はちょつと寒くて可愛そうな気もするが、
妻の方も結構喜んで良く濡らす。

お陰で、台所でも応接間でも、チャンスがあれば即ファック、戸外でもその調子である。
そしてこれは、年甲斐も無い世間の顰蹙を買いそうであるが。
こんな事を繰り返しているせいで、いつもスケベ心に胸をときめかし、
妻も若くしていられる。お互いのホルモンの分泌の為にも役立っているのである。

またのろけに成るが、妻は年齢より若く見える小柄で小作りな体躯なので、
そんな下着に合わせて、より刺激的なミニスカートや、フリルだらけの服を着せても
良く似合うのである。


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認知症の義父に尽くす妻。其の四

◇親父のパンティ
義父に尽くす妻4-1
翌朝、私は睡眠不足のまま妻に起こされて、いの一番に親父と妻の下着の事を
彼女に尋ねたのである。
「いやぁねぇ、何よ、朝から・・・」
妻はそう言って、以前の様に真面目には取らなかった。

「だってお義父さまったら、あれが自分のブリーフだって言って聞かないんだもの。
 で、仕方がないから後で取り返そうとおもったら、そしたら・・・」
妻が言葉を言い淀んだので、私の方は逆に妻をしつこく詰問する事になってしまった。
「そしたら、何なのだ?」
私としては滅多に口にせぬ強い語気であった。

「そしたら・・・お義父さま『違う・・・儂のじゃ』と言って、
 それ穿いて返してくれないんだもの。それで・・・」
「それで・・・?」
妻が次第に言いにくそうにするので、つい此方も質問の口調も激しくなる。
「それで・・・」
と、妻はさんざんためらったあげく、私をギョッとさせるような返答をしたのである。

「それで・・・『みのり、ちょつと来い!』って言って、それで・・・」
妻の答えにはやたらと、それで・・・が挟まり私を苛立たせた。妻の返答の仕方は、
どこか秘密を暴露されるのを恐れているような処があって、
私は最後まで聞かずには居られなかったのである。

「それで・・・お義父さまたら、私をお義母さまと間違えて、
 お蒲団の上へ引っ張って行って・・・」
此処まで聞くと、さすがに温厚な人物を自認している私も、カーッと成ってきた。
「それで、どうしたんだ?エッ?どうしたんだ。まさか、おまえ、親父と・・・?」
「そんなんじゃないわよ。ただお蒲団の上でお義父さま、大の字になって
 私のパンティ穿いた所へ私の手を引っ張って行って・・・
 『ホラ、撫ぜてくれ、みのり』って言われて・・・」
「それで、撫ぜたのか、おまえ?」
「だって仕方ないじゃない。大声上げて逃げ出せるわけじゃなし」

妻の言い分ももっともであった。近所中に恥を晒す事態だって起こりかねない。
ましてや、親父のボケが進んでいたら、妻の下着をつけたまま、
マンションの廊下だって走り出しかねない。妻ばかりを責めることは出来なかった。

「で、如何だったのだ?」
私はボケても未だスケベ心の抜けぬ親父に舌を巻きながら、さらに妻を問いただした。
「そしたら、大きくなってきて・・・」
「だしたのか?」
思わず大声で問い返していた。そして妻は私から目をそらせて頷いたのである。
そして小声でこう言った。
「だから、あのパンティお義父さまにあげたの。だって・・・もうアタシ、穿けないもの」


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雪乃と真利子と言う女。其の六

雪乃と真利子6-1
杉山真利子と約束した日は寒い夕方だった。
暗い空から舞い降りてくる黒い影の様な粉雪は、都会のビルの窓から漏れる照明や、
クリスマスの飾り付けのネオンの光が届く範囲に落ちて来ると急に白く変り、
歩道の敷石の上に音も無く解けていった。底冷えのする寒い日だった。
時折ビル街の谷間を吹き渡る風が疎らな通行人の背を丸めさせ、
小さなつむじ風と成って若い女性のスカートの裾を巻き上げていた。

私は約束の時間より三十分ほど前に指定場所に着き、道路の反対側に有る
喫茶店に入りコーヒーを飲みながら、待ち合わせ場所を眺めていた。

私は人と待ち合わせる場合相手を待つことは有っても、待たせることはしない、
と言う主義で居たから、もしかしたら、真利子が早めに来て待たせて居るかも知れないと
思い早めに来ていたので有る。

おおっ。未だ十五分も時間前だと言うのに、もう約束の場所に向かってゆっくり歩いてくる、
真理子の姿を確認した。ミントグリーンのオーバーコートを着込んでいた。

私は高校生時代に真利子にデートを申し込み、当日待ちくたびれた揚句、
すっぽかされた事があった。翌日学校で問い詰めると、女友達数名と映画を見に行って
私との約束は忘れていたと、しゃあしゃあと言ってろくに謝りもしなかった。

けっきょく其の事はうやむやのうちに葬られたが、私は其の悔しさを五十年持ち越していた。
五十年経過した現在、なんと其の真利子がデートの約束をして呉れたので有る。
年月が性格を多少丸くしたというより、二度にわたる離婚とそして生活苦がかっての
傲慢の角を折り、自尊心の鼻をへし折ったのかも知れない。

そして今日その約束した日で有る。
私は真利子がどれだけ、待たされる屈辱の思いに耐えられるかを観察する事にした。


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今年も宜しくお願い致します。

yjimage.jpg

70歳の爺さんのエロ話にお付き合いくださった読者の
皆様、本当に有難うございました。

本年も宜しくお願い致します。

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ユニーク・アクセス170万突破。

添い寝する猫09
(私のPC書き込みを何時も邪魔する悪戯猫チャンです)

読者の皆様のお引き立てで当ブログも
2006年9月開設以来満6年にして、
ユニーク・アクセスが170万を突破いたしました。

最近では新作のネタ切れで、投稿がまま成りませんが、
それでも多くの読者様に支えられて毎日千件近くのアクセスを
頂感謝いたします。

来年は私も古希を迎える歳になりますが、
後10年は頑張る所存です。
是からも助平爺さんの与太話にお付き合い下さいますよう、
宜しくお願いいたします。
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ご挨拶

万屋 太郎

Author:万屋 太郎
2006年9月に初稿をUPしてから
早くも10年が経過いたしました。

生まれ育った横浜を離れて今年の1月に、
静岡県伊東市に移住いたしました。
山あり、湖あり、海あり、の自然環境はバッグンです。
伊東には多くの文人が別荘を持ち、多くの作品を
手がけて居られるようです、私もあやかって、
この自然環境の中での創作活動が出来ればと思っております。

*このサイトは未成年にふさわしくない成人向け
(アダルト)のコンテンツが
含まれています。「アダルト」とは
「ポルノ」のみを指しているのではなく、
社会通念上、
18歳未満の者が閲覧することが
ふさわしくないコンテンツ
全般を指します。
したがって、アダルトコンテンツを
18歳未満の者が閲覧することを
禁止します。


*投稿・御意見・苦情など、何なりとお寄せ下さい。
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